3

2011年3月11日、忘れもしない大きな出来事がありました。

東日本大震災

日本中に、世界に津波の恐ろしさを知らしめた大きな地震でした。

東北から遠く離れたここ、高知にも津波は届き、須崎の野見湾では養殖の網が破れ、漁業に大きな被害が出ました。


スタッフTomoも実は3.11当日に新宿の高層ビル37Fにいて、地震の恐ろしさを体験しました。



スタッフTomoのいた新宿オークタワー(地上184m)



新宿の高層ビル群
091103ctj02



3.11 あれから5年。
 
時が経つのは早いですね。

災害の記憶は薄れつつあるのは見つめる先が絶望から希望へと変わってきた証だと思う。
 
死を覚悟したあの時の気持ちを忘れなければ大概のことは乗り越えられる。
 
 
宇佐に住むということはいつか津波がやってくるということ。
  
それでも宇佐で暮らしている。


 
この海の見える町が好きだから。
 
 
 
今年の正月に高知新聞に連載されていた昭和の南海大震災の記憶の記事「いのぐ」
津波襲来時の宇佐の様子が描かれていました。
 
70年前、宇佐の町を襲った津波の犠牲者は二人、海に向かって走って行った少年一人と体の不自由だったお年寄り一人。
終戦直後の津波だったため、空襲の避難訓練で海辺に逃げる訓練をしていたため少年は津波警報を空襲警報と勘違いしたのではないかというようなことが書かれていました。

 
これだけ海の近くに住みながら他の人はみんな生き延びたんです。
目の前には海、すぐ背中には山があるという恵まれた立地条件だったおかげというのもあるでしょう。
しかし、それ以上に当時の人たちは海の恐ろしさというのを肌で理解していた、だからこそ助け合って生延びることができたのではないかと思います。

70年後の今、宇佐に住んでいる僕たちにも希望を与えてくれる話。
 
いつかは津波が来ることは覚悟しています。

覚悟はしているけど怖いですよ、嫌ですよ。

だからと言って津波が来たらどうせ流されてしまうかもしれないから今何をしたって無駄だよ、なんて何もしないのはもっと嫌。


 
未来の今を後悔しないように今を生きたい。



 予約・問い合わせはLINEからも受け付け中!
 友だち追加数